昨日、村上春樹原作の「ドライブ・マイ・カー」以来、久し振りに映画を観ました。
あの映画はあまり感心しなかったけれど、インターナショナルな感じが、海外ではけっこう評判がよかったようなので、10月のノーベル賞では、村上春樹が、また注目されるかもしれません。
それはさておき、36年振りの「トップガン」ですが、正直言って感動しました。
まるでチュウヒのように、「トップガン」は、無人のドローン兵器やAI兵器に置き換わる途上にある、絶滅危惧種だというのです。
前作は、音楽はよかったけれど、ストーリーはほとんど頭に入りませんでした。
「トップガン2」が、前作より優れている3点:
1.訓練の目的とストーリーが明確で、きわめて解りやすいこと。
2.主人公が、もうだめ、という困難や絶体絶命のピンチを次々とクリアし、最後まで飽きさせないこと。
3.30年前の記憶が、程よい味付けと深みを与えていること。
「トップガン2」を観て、考えたこと2点:
1.この映画で、脚本家(達)が最も苦労したことは、どうしたら観客に受け入れてもらえるトリックで、この映画をハッピーエンドにできるか、ということだったと思います。
正直いって、私にはやはり違和感が残りました。ここまで無理してハッピーエンドにしなくても、むしろ悲劇にした方が、もっとリアリティーが高まり、もっと感動が深まったろうに、という感覚です。
2.日本映画が、独りよがりのストーリーになってしまうのは何故だろう。監督が、必要以上に、独裁者だからではないだろうか。
「トップガン2」の脚本には、恐らく5人以上の脚本家が参加しているでしょう。
娯楽映画を、1人の天才的・独創的な監督の芸術作品と考えるのは大間違いです。
娯楽映画は、主演俳優の素晴らしい演技と滑らかなストーリーを楽しむものです。
娯楽映画の監督は脇役に徹し、多くの意見を取り入れて、できるだけ違和感の少ないストーリーにすべきでしょう。