東京オリンピックが、コロナによって滅茶苦茶にされる過程をつぶさに観察し、私はこの歴史観に何の違和感もなくなりました。
尊敬する山本七平は、日本が無謀な戦争を決断した責任を「空気」に押し付けました。
しかし、尊敬する山本の名言といえども、「空気」などという曖昧な表現を、私は認めません。
「空気」とは、いつの時代も、マスコミに煽られた、圧倒的な世論です。
圧倒的な世論と、既得権益をもつ、その時代の最も優秀な頭脳を集めたエリート集団が、為政者を、不本意かつ不合理極まる選択へと追い込むのです。
日本の為政者は、いつの時代も、世論とエリート集団を敵に回し、殺される覚悟をしなければ、合理的な政治決断はできない、ということです。