睡眠薬の代りに、谷崎潤一郎の「蘆刈(あしかり)」を聴き、眠るどころか目がさえて、その優艶な世界に、うっとり酔いしれてしまいました。
物語の舞台は、京都と大阪の中間にある山崎の里、今なら竹林の間にサントリーの工場が見えるあたりの風情を、地理や気候に加え、後鳥羽院や遊女にまつわる華やかな歴史を織り込んで、目の前にありありと情景が浮かぶように描きます。
漱石の小説に出てくる坊ちゃんや迷亭は、蕎麦を平気で何杯もお代わりしますが、この「蘆刈」でも、腹ごしらえに、うどんを2杯食べ、酒を何本か飲んで、熱燗にした酒の瓶を提げて、淀川の月見に出かけます。
聴き終わって最初に考えたことは、「蘆刈」は「春琴抄」の前に書かれたのか、あとに書かれたのか、ということでした。
あとであれば、「春琴抄」の毒が幾分緩和されたとみなされ、やや物足りなく思う読者や批評家がいてもおかしくないでしょう。
谷崎の年表を見ると、
昭和6年 古川丁未子と結婚。「盲目物語」発表。
昭和7年 神戸市東灘区に転居。隣家の根津松子と不倫始まる。「蘆刈」発表。
「蘆刈」も「春琴抄」も、どうやら不倫相手の松子を賛美するために書かれたようです。
昭和10年 谷崎は、松子と正式に結婚しています。