石狩のワシ派、タカ派

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出雲大社:江戸時代初期の神仏分離運動

最近しばしば、Youtube島根県の古代史に関連する文化講演会を興味深く聴いていますが、昨夜の話しには大変驚かされました。

表題は、【講座】寛文の出雲大社大造営と徳川幕府

https://www.youtube.com/watch?v=MMNyTHAZLy4&pp=ygUS5piU44Gu5Ye66Zuy5aSn56S-

平成31年3月まで、10年以上かけて行われた出雲大社の「平成の大遷宮(大修理)」の際に発見された資料に基づき、江戸時代初期の寛文(1661~1667年)に行われた大造営に関する、大変面白い研究報告です。

驚いた点を列挙すると、

1.日本国の政府は、江戸時代と言えども、政権の維持とは何のかかわりもない、出雲大社という、伝統文化の保全に大金を投じていること。

2.奈良時代から戦国時代まで、何の疑いもなく?神仏習合が連綿と続けられてきたが、寛文の大造営の際、出雲大社から寺院が完全に排除され、神仏分離が意図的に行われたこと。

3.水戸光圀をはじめ、他の開明的?大名領でも、神仏を分離する宗教改革が行われていたこと。

4.まとめると、幕末から明治初期に行われた廃仏毀釈運動ほど過激ではないが、江戸時代初期にも、開明的な領主による、上からの神仏分離が行われていたことを知った驚きです。

江戸時代は、日本国の歴史を冷静に、また客観的に見る余裕のできた時代であり、神仏習合に疑問をもつことは、当然と言えば当然かもしれません。

この年になっても、世の中には、驚きの種は尽きないようです。