日本を批判する記事かと思ったら、イギリスのことでした。
日本社会の「新技術」に対する保守性について、私が常日ごろ感じている不満を、これほど的確に表現してくれた文書はありません。
国民が何でもお上(政府)のせいにする日本では、賢い役人が、あえてリスクを取るような、馬鹿なまねはしません。
友人たちとよく言い合うのだが――もしも今日アルコールが発見されたのだとしたら、きっと明日には禁止されているだろう。
その通り。酒で人生を狂わせる人は、麻薬の何千倍もいます。
2018年に自動運転車が歩行者をはねて死亡させる事故を起こしたときには、大きく報道された。もしも新聞が不注意なドライバーが起こした死亡事故を全て報道していたら、紙面スペースがなくなってしまうではないか。
札幌医大で行われた、日本初の心臓移植手術が失敗したおかげで、日本の心臓移植は、その後数十年間ストップし、今でも、臓器移植は日陰の存在です。
この記事の主役は、電動スクーターです。
電動スクーターの個人所有は今も違法だが、僕は賛成だ。電動スクーターはスピードも出ないし、仮免運転練習のバイクの騒音に比べれば1000分の1の音もしない。
それなのに、ここでも新たなものに対する偏見が広がっている。電動スクーター利用者が走行禁止されているはずの歩道を走っている、と人々は文句を言っている。歩道の不都合なところに電動スクーターが止められていて歩行者の邪魔になっているという声もある。
とはいえ、歩道でティーンエイジャーが騒がしくスケートボードで走っているのに文句をつける人はいない。違法のはずだが、自動車が歩道に乗り上げて駐車しても抗議する人はいない。
新旧技術に対するダブルスタンダードは、日本ほどひどくはないが、世界中にあるようです。
もしも日本で、mRNAワクチンの動物実験が世界に先駆けて成功していたとしても、その実用化は、欧米で先に成功し、安全安心のお墨付きをもらってからになったでしょうね。