石狩のワシ派、タカ派

札幌と石狩川流域の猛禽類の狩りと子育てを動画で記録します。

森鷗外の「渋江抽斎」を聴く

高校から大学にかけて、読み始めたが歯が立たなかった本が2冊あります。それはカントの「純粋理性批判」と鴎外の「渋江抽斎」です。

純粋理性批判」は、後年再チャレンジしたものの、その文体と思考法を許容しがたく、永久追放しました。同じことを「人性論」のヒュームのように書けば、誰でも容易に理解できるだろうに、と今でも考えています。

他方、「渋江抽斎」は、どこまで読んでも興味あることが出てこず、根気が続きませんでした。

再チャレンジもしていませんが、実は、Youtubeで朗読を聞くようになってから、誰か、ああいう何が面白いのか分からない本を読んでくれる人はいないかなぁ、と心待ちにしていたようです。

藤村の「夜明け前」を聴いてからは、ますますその感が強まりました。

今回、たまたまスマホが「渋江抽斎」を推薦してくれたおかげで、聴くことができた次第です。

https://www.youtube.com/watch?v=1irFPomDLDU&t=21s

誠にすばらしいプロの朗読で、こんな機会を提供してくれたコロナのパンデミックに、逆説的ですが感謝しています。

朗読を聴きつつ、「渋江抽斎」の主人公は、抽斎自身ではなく、妻の五百(いお)ではないか、と思っていましたが、ウイキペディアを見ると、

「鷗外の共感、時には賛嘆の表白にもかかわらず肝心の抽斎像は、さほど彫りの深いものとはいえない」「その代りというように、いかにも鮮明、しかも立体的に浮び上ってくるのが、(抽斎四人目の妻)五百の肖像である」

と、佐伯彰一氏も書いています。

ことによると、「純粋理性批判」も上手な朗読で聴くことができれば、理解できるのかも知れません。